中学校教師の咲川紗江は、休暇で訪れた温泉地で弟のように可愛がっていた甥の俊を轢き逃げで亡くしてしまう。一人で写生に出かけていて事故にあった俊を、手厚く介抱し最期を看取ってくれたのは南原という男性であった。南原に感謝の思いを抱いていた紗江であったが、後日事件現場を訪れた際に南原の証言に疑問を抱く。紗江は彼自身が轢き逃げ犯ではないかと疑い、復讐を考え始める。
米寿の記念に書いたという土屋隆夫の作品。50年来のミステリ作家というのがすごい。江戸川乱歩が序文をよせたこともあるとあとがきにあり、それだけで感動的でもある。
作品自体は文体やストーリー展開等ところどころ旧さを感じる。昔の女風の紗江の人物像がどうも共感できるところに無い。俊の事故、紗江の復讐、そして14,5年経っての後日談と3構成になっており、事件の真相は見えているようではっきりとしないまま話が進む。復讐に軸をおきたいのか、最後の後日談に軸を置きたいのかが曖昧で少々消化不良だ。
都心からの景勝地として人気の桂川渓谷がある街で4歳の男の子の遺体が発見される。母親が疑われ、市営団地にはマスコミの人間が張り込みを続けている。その中の一人である記者の渡辺は、隣家の夫婦の夫に前科があることを知り興味を抱く。過去の事件を調べている中母親は逮捕され、隣家の夫の共犯が疑われるが・・?
一つの殺人事件が描かれているがこちらは本題ではなく、隣家の夫婦にスポットライトを当てている。夏の暑さの気だるさややるせない生活の匂いが漂ってくるような情景描写のため重たい空気感が漂う作品なのだが、何故かスイスイと読み進められる。
個人的には『悪人』より面白い作品だと思った。この作品でも加害者の”悪人ではない部分”に重きを置いている点は似ている。加害者も被害者も過去を消すことができずもがき苦しんでいる哀れさが切々と伝わってくる。双方の人生が交わる時何が起きるのか?
理解できないような同感できるような・・人間の感情の深さを感じる作品だった。
読了日:2008.9.28
★★★★☆
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『テロリストのパラソル』藤原 伊織
角川書店 2007-05
今はアル中のバーテンダーとして暮らす元全共闘闘士の主人公は、新宿中央公園の爆弾テロに居合わせ、指紋を残してきたことへの恐れと被害者となったかつての恋人のために、爆弾テロの真相を追うこととなる。全共闘時代の仲間や公安課刑事、協力者のヤクザや昔の恋人の娘・・過去の爆破事件の関係者たちが今回の事件に複雑に絡み合ってくる。犯人の目的は一体何なのか・・?
史上唯一の直木賞&江戸川乱歩賞W受賞作らしい。廃人寸前の暮らしを続けていた主人公が、警察や自分を狙う何者かを出し抜きながら真相に近づいていく姿を描くハードボイルドミステリー。妙に落ち浮いたインテリのハードボイルドさが面白い。
あまりにも登場人物が過去と繋がりすぎていて作りすぎ感はあるが、ノンストップで読める勢いはあって上手くまとまっているとは思う。
読了日:2008.9.14
★★★☆☆ 
荒川の高層マンションにおいて中年の男女、老女の遺体が室内で、若い男が転落死という形で4人の遺体が発見される。家族のように見えた4人だったが、居住者であるはずの家族の生存が確認される。死んだ者たちは何者で、犯人は一体誰なのか?
宮部さんとは何冊かがっかりさせられた後遠ざかっていたので、読むのはかなり久しぶり。これは結構良い作品だった。
希薄な人間関係、家族の葛藤、些細なことから起こす愚かな行動。高層マンションでの隣人の顔すらわからないという暮らし、濃密な家族関係からの逃避や意地の張り合い、傍観者の勝手な言動等、事件を軸に様々な人間と生活が浮き彫りにされており、ミステリーというよりは人間ドラマの趣き。その辺り、宮部みゆきの観察眼はさすがだと思う。
ドラマティックに感じる箇所は無い。嫁姑関係は当然のこと、蒸発や家庭の崩壊、虚栄心、無関心、複数人殺人ですら驚くことなくすんなりと受け入れてしまうところに逆に問題があるだろう。現代における人間関係を考えさせられる作品。
読了日:2008.9.6
★★★★☆
『すべてのものをひとつの夜が待つ』篠田 真由美
光文社 2008-08-07
莫大な遺産相続のために、満喜家の血を引く若者とそのパートナー5組が集められた。当主の満喜寿一郎は、孤島にある古びた洋館の中で巨大ダイヤを探し出した者が相続の権利を得られると伝える。外界と遮断された洋館の中で宝探しをする10人だったが、次々と殺人事件が起きる。犯人は自分たちの中にいるのか、それとも館には他に誰かがいるのか・・。
「ゴシック・ロマンス」と銘打ってあり、あらすじを見て久しぶりに本格的なミステリが読めるのかと書店で手に取った時に胸が躍った。
絶海の孤島で洋館に閉じ込められ、次々と不可解な殺人事件が起きるというのはセオリー通りで良い。・・・しかし!登場人物の衣装はジャージだし、若者言葉だし、途中から相続とかダイヤ探しはどこかへ飛んでいってしまったし、おまけに百合だの半陰陽だの勘弁して欲しい・・。どこの若者が書いているのかと思いきや著者は結構良いお年。不可解だ。
イヤ、特別ひどい作品では無いのだけど、期待した分勝手にがっかりしたのだ。それでもつい一気読みしてしまったが。消化不良で何か骨太なミステリを読まないと立ち直れないかも。
読了日:2008.9.5
★★☆☆☆
資産家蜷川の孫娘が惨殺された。蜷川は犯人を殺害した者へ10億円の報奨金を支払うと公表。SPの銘茢は4人の警察官と共に犯人を無事護送するという任務を負う。「人間の屑」の盾となり、命を懸けて守る必要はあるのか?襲い来る刺客を相手にしながら、仲間の中でも衝突が起きていく。
幼い少女を二人も惨殺し、反省も無い犯人の為に何故命を懸けなければいけないのか?主人公銘茢自身葛藤を抱えながらも任務を全うすべく護衛を続ける。最初はぶつ切りの文体に抵抗を感じたが、話が進むにつれてのめり込んでしまい気にならなくなった。
色々と有り得ない設定もあるのだが、銘茢のSPたらんとする姿に惹かれていき一気に読める。銘茢の銃を奪って殺してやりたくなるような犯人の憎憎しさがまた感情移入を呼び込む。
ちなみに作者は「BE-BOP-HIGHSCHOOL 」を描いた漫画家。本を出す漫画家は多いが、今後は文筆一本でいくとは驚きだ。
読了日:2008.9.5
★★★☆☆

『賞の柩』帚木 蓬生
新潮社 1996-01
199x年度のノーベル医学・生理学賞は英国のアーサー・ヒル博士の単独受賞であった。津田は、同様の研究で名を馳せていた亡き恩師の随筆に「論文剽窃」の疑惑を見つける。恩師の他にも各国のトップ研究者たちが不自然な死を遂げていることを知った津田は、学会を機にヨーロッパへ渡り真相を探り始める。
ノーベル賞受賞への疑惑というテーマを現役医師が臨場感を持って描く。
世界中で同様の研究が行われている限り、唯一無二の結果を得るというのは難しいことだろう。この作品では、成果を挙げると共に人為的にライバルを排除してきた研究者の野心をサスペンス仕立てに仕上げている。
研究に関する描写部分に馴染みが無いせいか、今まで読んだ作品に比べて読み進めるのに時間がかかってしまった。また、次々と明かされる真相にあまり驚きは無く、主人公の確認作業といった流れでサスペンス的な要素も弱い気がした。しかし、ブダペスト→パリ→バルセロナ→ロンドンと舞台を変えていく中での情景描写は帚木さんらしく美しい。
読了日:2008.8.30
★★★☆☆

『臓器農場』 帚木 蓬生
新潮社 1996-07
新人看護婦の規子は、臓器移植で名高い病院の小児科に勤務し始めたばかり。産婦人科に配属された看護学校同期の友人優子と、産婦人科特別病棟に疑問を持ち調べ始めるうちに、臓器移植をめぐる病院の裏の顔を知ることとなる。一部の関係者により、生きる力の無い無脳症児がドナーとして生み出されていたのだ。真実を追う規子たちに危険が迫る。
臓器移植をすれば助かる子供たちを救いたい、けれども子供の臓器提供はなかなか難しいという現実。しかし、不完全に産まれてくる無脳症児を人間としてではなく、他人を生かすパーツとして扱ってよいのか?
私はやはり倫理的にあってはならないと思う。だが、脳死なども散々議論された上今や受け入れられていることを思うと将来的にはどうなるのか・・複雑な気持ちになる。
生命倫理の深いテーマを、帚木さんらしく医療現場の精細な描写と慈愛の視線でまとめられた作品。
余談だが、文庫の解説がまた良かった。私が帚木さんの作品のどこに惹かれるかがどんぴしゃで書かれていたので抜粋。
「帚木氏の作品を読んで感じるのは、そのテーマの先鋭性、すぐれた物語性、ヒューマニズム、そしてわかりやすく品位のある文体である。虚飾のない、抑制のきいた語り口が、物語を静かに盛り上げるのに大いに貢献している。そして、随所に見られるみごとな情景描写と心理描写は、帚木文学のすぐれた特色となっている。」(塩田浩平)
読了日:2008.8.27
★★★★★

『誉生の証明』
森村 誠一
光文社 2006-12-07
スキーバスのダム転落事故で生き残った4人は、事故後、生まれ変わったつもりで名誉ある余生を送ろうと「誉生荘」と名付けた八ヶ岳の山荘での共同生活を始める。順調に生活が安定し始めた矢先、近くに新興宗教団体の施設が建設され、立ち退きを迫られるようになった。この山荘を安住地と決めていた住人たちは、新興宗教団体とその影に隠れる政治家や裏組織に屈することなく立ち向かうことを決める。
森村誠一っぽい作品。年齢も立場もバラバラの仲間が、心を一つにして大きな権力に立ち向かっていく痛快アクションモノ。有り得ないことの連続だが娯楽小説としては一気に面白く読めた。
読了日:2008.8.24
★★★☆☆

『最愛』
真保 裕一
新潮社 2007-01-19
幼い頃に両親を亡くし、別々の親戚に引き取られた姉弟。小児科医である悟郎は、18年会っていない姉が銃弾を受け緊急入院したことを警察から聞かされる。姉は事件前日に結婚していたが、夫は殺人の前科者で行方不明となっていた・・。悟郎は、事件の真相と姉の人生を知る為に姉の知人を訪ね歩いていく。
主人公は姉に比べて恵まれた生活を送ってきたことを引け目に感じており、姉の正義感や信念を貫く生き方を敬愛している。次々と明かされていく姉の武勇伝に一つ一つ感銘を受けていくのはいいとして、ストーリーの根底にある「最愛」というのがどうも納得いかなかったというか・・今まで読んだ真保作品の中で一番評価しがたい微妙なものだった。
読了日:2008.8.24
★★★☆☆





